SERIES 2021.11.25 │ 12:00

『デストロ016』連載中
マンガ家・高橋慶太郎 インタビュー②

世界を股にかける武器商人・ココと元少年兵・ヨナの壮大な旅物語を描いた『ヨルムンガンド』。女子高生殺し屋たちのド派手なドンパチが魅力の『デストロ246』。そんな「静と動」を巧みに操るマンガ家・高橋慶太郎。インタビュー後編は、代表作『ヨルムンガンド』から、先ごろ単行本第1集が発売された現在連載中の『デストロ016』までの創作秘話に迫る。

取材・文/岡本大介

エンタメ作品としてどこまで面白くできるかを追求した『ヨルムンガンド』

――『ヨルムンガンド』の大きな特徴は、世界規模というスケールの大きさですよね。そこはローカルだった前作『Ordinary±』と大きく異なるところです。
高橋 それはインターネットが使えるようになったことが大きいと思います。それまでのマンガ制作って、何かを描こうと思ったらとにかく資料となる書籍を集めるしかありませんでした。それがインターネットで世界中の情報に一瞬でアクセスできるようになって、世界規模のストーリーも描けるようになったんです。

――どこまでがリアルで、どこからがファンタジーなのかがわからないくらいリアリティのある作品になりました。インターネットがあるとはいえ、情報収集は大変ではなかったですか?
高橋 いえ。実際にはそんなにリアルさは追求していないんです。エンターテインメント作品としてどう面白くするかに重点を置いていて、情報収集にはあまり力を注いでいないですね。リアルを突き詰めていくと、キリがないんです。

――本作はヨナという元少年兵の成長物語でもあります。ヨナは最後、約2年間の葛藤を経てココのもとへ戻り、新世界の誕生に立ち会います。この決着のつけ方も素晴らしかったです。
高橋 僕もこれがベストなエンディングだったんじゃないかと思っています。新しい世界を描かず、その直前で終わらせるというのは「作者として言いたいことはここまで」ということなんです。

――あくまでエンタメ作品として最後まで走りきったということですね。連載中、高橋先生がとくに意識していたことはありますか?
高橋 連載開始時に当時の編集長から「暗くはしないでね」と言われて、それはけっこう最後まで意識したと思います。少年兵が主人公の作品って、やっぱり倫理的にタブーなところも含んでいるじゃないですか。だからこそ、暗くならないように気をつけたつもりではあります。

――チームメンバーがみんな明るいのも、それを意識したからですか?
高橋 それもあります。なにより主人公のココが無理やりその場を明るくするキャラクターだったので、それでなんとかなったのかなと思いますね。

――個人的に好きなキャラクターはいますか?
高橋 ビジュアル的にはココとキャスパーが描いていていちばん楽しかったです。インタビュー前編でかわいい女の子を描くのが好きと言いましたけど、キャスパーくらい美形であれば、男の子でも描いていて楽しいですね(笑)。

『デストロ246』のテーマは「懲りない人が面白い」

――そして次の連載作は『デストロ246』です。これは『Ordinary±』と世界観を共有する作品で、やはり殺し屋たちのストーリーですね。
高橋 ちょうど『ヨルムンガンド』が終わる頃、次はこれがやりたいと思ってキャラクター設定などを作っていたんです。インタビュー前編でも言った通り『ヨルムンガンド』はおっさん率が多かったので「おっさんはもう描きたくない」っていう気持ちと、「小難しいことももうやりたくない」っていう気持ちが重なった結果、このようなシンプルな作品に行き着きました(笑)。

――『ヨルムンガンド』の反動で生まれたんですね。『Ordinary±』と比べるとキャラクターも個性的になり、キャラクター作品としての要素が強まりました。
高橋 『ヨルムンガンド』がアニメ化されたときに、キャラクターはとにかく盛らないとダメなんだなということを学んだんです。バルメやチェキータなど、自分ではキャラをかなり強めに作ったつもりでも、いざアニメになってみると地味に見えたりするんですよね。『デストロ246』はその経験を生かして作ったつもりですが、横浜の3人娘以外は地味だったかなとも感じます。

――そうですか? ヒロイン全員が際立っている感じがしますけど。
高橋 たしかに読者さんからの人気は7等分だったので、それはありがたいと思います。でも、僕としてはやっぱりちょっと地味になっちゃったなと思うんですよね。

――銃撃戦から肉弾戦、タイマンや集団戦、野外と屋内など、非常にバラエティに富んだバトルが見どころです。
高橋 『ヨルムンガンド』は組織による集団戦が多くて描くのが大変だったんです。その点で『デストロ246』は一対一の肉弾戦が多くて、キャラクターを大きく描けるのが楽しかったですね。バトルに関しては、カーチェイスがやりたいとかナイフ戦を描きたいとか、まずはシチュエーションやシーンが浮かび、それを実現させるために人と場所を揃えている感じでした。

――とくにお気に入りのエピソードなどはありますか?
高橋 第3巻の綾瀬せつな絡みのエピソードは、最初から最後まで筋が通っていて、まとまりが良くて好きですね。自分を裏切ったせつなを殺さずに、アメリカに逃がすという苺の対処もよかったかなと思います。

――『デストロ246』は3勢力による殺し合いという体裁を取りながらも、7人全員が生き残って完結するのが斬新でした。
高橋 殺し屋だから悲劇で終わらなければいけないというのはちょっとテンプレートすぎると思って、そこはあえてハッピーエンドにしたいと当初から考えていました。これはこの作品のテーマのひとつでもあるのですが、僕は「懲りない人が面白い」と思っているんです。どんなにひどい目にあっても、それに懲りることなく同じ方向に何度も突き進む人って、なんか面白いじゃないですか(笑)。自分のやってきた悪行に対して死をもって責任を取るというのはたしかに王道ですが、僕としては少々古臭いような気がしますし、「何も死ぬことはないんじゃないかな」って思うんです。

――善悪の問題とは切り離して、とにかくエンタメ作品としての面白さを追求している感じがしますね。
高橋 そうですね。なによりも読者さんがスカッとできればいいなと、それだけの思いで作っていました。悩んでいるときや頭が痛いときとかに、何も考えずに楽しめる作品なのかなと思っています。

お金・経済という大きなテーマに挑んだ『貧民、聖櫃、大富豪』

――『デストロ246』の次は『貧民、聖櫃、大富豪』です。異世界キャラクターが登場するファンタジーでありながら、現代のマネー理論を融合させた意欲作となりました。
高橋 もともとNHKの『ハゲタカ』のような、金融をテーマにした作品が好きだったので、次のテーマは「お金」にしようと考えていたんです。ちょうどその頃にゲーム『Fate/Grand Order』のキャラクターデザインに関わっていたこともあり、『Fate』の聖杯戦争のシステムからアイデアをいただきました(笑)。血の代わりにお金が流れ出るという表現は、絵的にもカッコいいんじゃないかなと思ったんです。あと僕は「貧乏萌え」の属性があって、貧乏な主人公が成り上がっていくストーリーが大好物なんです。だからこの作品では、そういう展開も取り入れてみようと考えていました。

――とても興味深い内容で経済の勉強にもなる作品ですが、結果としては第7巻で一度休載という形になりましたね。
高橋 おっしゃるように、読むことで金融の知識も得られるようにといろいろネタを仕込んだのですが、あらためて振り返ってみるとやっぱりお金の話はちょっと難しかったのかなと自分でも感じます。

――マネーや経済というのはタイムリーなテーマなだけに残念ですね。
高橋 描いていて感じたのは、お金や資産の価値、あるいはお金を稼ぐ手段や技術というものは、僕の想像以上に速いスピードで変化してしまうということですね。「今は不動産が狙い目」と話題になったと思ったら、すぐに落ち目になったり。それでもなんとか見極めようと思っていた矢先に今度はコロナがやってきて、もう完全に混迷を極めまして(笑)。家から一歩も出られない状態で、いったいどうやってお金を稼げばいいのやら。

――まったく先の読めない時代になりましたね。ちなみに、本作は主要キャラクターだけでも計15人が登場しますが、ほとんど混同しないで読めるのがすごいと思います。
高橋 そうですね。そこはしっかり描きわけができた気がします。なので、キャラクターとしてはわりと全員を気に入っています。なかでも安倍野晴とパラケルススのコンビはとくに好きですね。ビジュアル的にも描いていて楽しいですし、掛け合いのセリフもポンポン出てくるんです。キャラクターの組み合わせとしては過去最高なんじゃないかなと思います。

高橋慶太郎の作家性は「かわいくて強い女の子が大暴れ」

――そして現在は『デストロ246』の前日譚『デストロ016』を連載中です。
高橋 『貧民、聖櫃、大富豪』が非常に真面目な作品だったので、描いている最中から「何かをぶっ壊したい」という破壊衝動みたいなものが生まれてきて(笑)。それで自然と『デストロ246』の沙紀を主人公としたスピンオフを描きたいと思いました。

――描いていて『デストロ246』との違いは感じますか?
高橋 3勢力による群像劇だった『デストロ246』とは違って、『デストロ016』は主人公が沙紀ひとりなので、シンプルだし展開も一本道なんですよね。とにかく余計なことを考えずに暴れさせることができるので、描いていてすごく楽しいです。

――『ヨルムンガンド』や『貧民、聖櫃、大富豪』といった複雑で社会的な作品と、『デストロ246』のような単純明快なアクション作品とを交互に描いているのは、高橋先生の特徴ですね。
高橋 単純なものを描いていると時折難しいものが描きたくなるんですが、いざやってみたらやっぱり単純なものがいいなと。その繰り返しですね。

――では、今後はまた難しいテーマに取り組む可能性も?
高橋 あるかもしれません。ただ、すべてに共通しているのは「かわいくて強い女の子がめちゃくちゃに暴れる」ということで、僕の作家性はそこにあるのかなと思っています。喜ばしいことに、そこは読者のニーズと僕の描きたい部分が一致していると思っているので、マンガ家としてすごく幸せなことだなと感じています。

高橋慶太郎
たかはしけいたろう 神奈川県出身。1999年に投稿した『Ordinary±』が講談社のアフタヌーン四季賞に準入選し、『アフタヌーンシーズン増刊』に掲載されてマンガ家デビュー。2006年に『月刊サンデーGX』にて『ヨルムンガンド』を連載開始、シリーズ累計300万部を突破するヒット作となる。他には『デストロ246』『貧民、聖櫃、大富豪』などを発表。現在は『デストロ016』を連載中。
作品名掲載誌(掲載年)
Ordinary±アフタヌーンシーズン増刊(2002)
NIPPON TRIBUNE TRANSACTIONコミックブレイドGUNZ(2004)
Ordinary±梟-オウル-月刊アフタヌーン(2005)
ヨルムンガンド月刊サンデーGX(2006)
デストロ246月刊サンデーGX(2012)
貧民、聖櫃、大富豪月刊サンデーGX(2017)
デストロ016月刊サンデーGX(2021)
書籍情報

『デストロ016』
第1巻好評発売中!(サンデーGXにて連載中)
著/高橋慶太郎
発行/小学館

  • ©高橋慶太郎/小学館